元特別支援学校教員の発達障害の子育て専門相談

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発達の悩みをママのやりたいことで幸せにかえるコーチング

先日「15歳のコーヒー屋さん」岩野 響くんとご両親の話を聞きました。そこから浅野が得た大きな発見とは、、、(前編)

 

こんにちは。

チャイルドジニアスコーチの
浅野みやです。

 

岩野 響(ひびき)さんという方をご存知ですか?

 

「15歳のコーヒー屋さん」

 

と言われたら、
「あー!」と思い出されるかもしれません。

 

先日、その岩野 響くんご本人と
響くんのご両親のお話を聞ける
トークライブのイベントがありました。

 

私は、その様子を
ネットの生中継で見たのですが、

画面越しに、皆さんの
暖かくて優しい空気が
とても伝わってきました。

 

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イベントでは、

『生きる道探し』

ということがテーマになっていて、

 

響くんが、
学校に行くことではなく、
コーヒー焙煎士という生き方を
どうやって見つけたのか、

これまでの葛藤や今の話、

そしてこれからの夢などを
聞くことができました。

 

 

今日はそのお話の中で、
私がとても印象に残り、
ぜひみなさんにもお伝えしたいなと
思うことがありましたので
少しご紹介したいと思います。

 

 

10歳でアスペルガー症候群の診断を受け、
中学校に通えなくなったのをきっかけに
進学をしない生き方を選び、

コーヒー焙煎士という仕事が
自分の適職であることを見つけた響くん。

 

昨年4月、群馬県桐生市で
「HORIZON LABO」(ホライズン・ラボ)というお店をオープンし、

現在は自身で焙煎したコーヒー豆の販売と
研究のお仕事をされています。

 

 

この生き方を見つけるまでの
響くんとご家族の道のりは、

本当に苦しく大変だったことが
お父さん、お母さんのお話から
伝わってきました。

 

 

理解のある先生に出会い、
自分の良さをたくさん認めてもらえた
小学5、6年生の時とは逆に、

中学生になってから
先生の対応はほとんどない状態に。

 

 

お父さんも見ているのが毎日辛くなるほど
響くんはどんどん自分を
追い込んでいったそうです。

学校から帰ると玄関で倒れこんで
部屋まで帰れないほど、
毎日疲労していた響くん。

 

チックや頻尿など
体にも辛さが
出ていたこともあったそう。

 

「僕なんて死んじゃった方がいい」とまで
話していた響くんをそばで見ながら、

お母さんの久美子さんは
「この子は無事に帰ってくるだろうか」と
朝、響くんを見送るたびに思ったそうです。

 

 

ある雨の朝、お父さんが車で
響くんを学校まで送った時、

お父さんがミラー越しに見た響くんの顔は
緊張し、ものすごく気合いを入れ、
硬く険しい顔だったそう。

 

 

それを見たお父さんは

「学校行かなくていいよ」

と彼に言いました。

 

 

お父さんと一緒に
家に帰ってきた響くんを見た久美子さん。

久美子さんはその時の気持ちを
こうおっしゃっていました。

 

 

*********

 

ほっとしました。

 

ずっと言いたかったけど言えなかった言葉を
お父さんが言ってくれて、
そう思いました。

 

「ひとまず休んで
これからどうするかは考えようよ」

 

子どもにはそう言ったものの、
じゃあどうすればいいのか全くわからず、

「明日からどうしよう…」

「これからどう過ごしていけばいいんだろう。」

 

学校に行かないという
周りとは違う人生になることの不安で
いっぱいでした。

 

***********

 

 

この日から、響くんとご両親の
「生きる道探し」が始まったのだそうです。

 

 

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響くんが学校でどんなことに悩み、
どのような辛さを抱えていたのか。

そしてご両親がどんな対応をしたのか。

 

詳しい内容については、
岩野響くんが書いた本

『15歳のコーヒー屋さん
発達障害のぼくができることから
ぼくにしかできないことへ』

(KADOKAWA)

 

に書かれていますので
ぜひ読んでいただけたらと思います。

 

 

小学3年生で発達障害の診断を受け、
宿題ができなかったり
教室を飛び出してしまったり
自分をたくさん否定していた響くん。

 

学校に行くことは
彼にとってはできないことと向き合う
とても辛く苦しいことであり、

中学生になって生活が一変したことで、
その苦しさは限界になったのですね。

 

そして、学校を休むことが
響くんを守ることだと
お父さん、お母さんは気づかれました。

 

 

現在、発達障害を持つ子どもの20人に1人は、

「現在学校に通っているが、
不登校になる可能性がある」

という状態なのだそうです。

 

2011年に文部科学省で行われた
「不登校問題に関する調査研究協力者会議」によると、

「不登校の中で発達障害の割合は3割程度である」
という報告が出されています。

 

 

発達障害による不登校は、
非常に大きな問題となっていると
言えますね。

 

 

現在、チャイルドジニアス
コーチングレッスンを受講している
お母さんたちの中にも、

 

発達障害の特性によって
学校で過ごすことが辛くなり
学校に行けなくなった状態から、


少しずつ学校や学校以外の場所に
自分の居場所を作り、

学校に支援を実践してもらうことで
自信を取り戻しつつある
お子さんのお母さんたちもいます。

 

 

「学校に行くことは当然のこと」
という当たり前の中で
私たち親は育ってきたので、

学校に行けないわが子に戸惑い、

学校に行かないことが
悪いことのように感じて
「どうにかして行けるようにしなきゃ」と
悩んでしまいます。

 

 

このようなお母さんの不安を強める背景には、

「学校に行かなくなったら
人生のレールから外れてしまう」

「学校に行かなかったら
勉強も遅れてしまい、
将来、自立して生きられなくなる」

 

という考えや思い込み、常識などがあるかもしれません。

 

 

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周りと同じを求められることが
一番辛い発達障害の子どもたちにとって、

周りと同じを求める学校は
生きづらい場所そのものかもしれません。

 

 

発達障害の子どもたちが、

自分の学び方や生き方を選択して
もっと安心できる環境の中で育って行けたら

現在の発達障害の子どもの不登校は
かなり減らせるのではないかと
私は感じています。

 

 

しかし、まだまだ
そのような環境は十分整っているとは言えず、
毎日が子どもと親にとって
戦いになっているのですね。

 

 

響くんの選択は、
発達障害の子どもの生き方の
一つの形かもしれません。

 

響くんとご家族が、
どのような過程を通って
響くんの生きる道を見つけたのか。

 

お話の中のこの部分に注目してみたら、
そこには発達障害の子どもたちの
これから先の子育てや教育や支援を考える上で、

すごくすごく大事な
私たち親や支援者が持っていたい
ある考え方がありました。

 

 

響くんが特別に才能があるから
コーヒー焙煎士として生きられるんじゃないか。

響くんのお父さん、お母さんが
子育てが上手いからできることなんじゃないか。

 

自分には無理だろうと
感じている方にこそ
知ってほしいある考えです。

 

次回詳しくお伝えします。

 

 

 

プロフィール

浅野 美弥
浅野 美弥
元特別支援学校教員。
プレシャス・マミー認定コーチ。
2 人の男の子のママ。

日本福祉大学を卒業後、特別支援学校に10年勤務。

これまで15年以上、障害のあるお子さんを支援。

のべ1200人以上の子どもと関わり、

障害の中でも特に発達障害のある子どもに関わる。



教員を退職後、初めての育児に悩み、
育児ノイローゼのような状態になる。

その時出会ったコーチングセッションが
人生を変える大きなきっかけとなる。

コーチングを学び子育てを変えたい仲間と
サークルを作り活動開始。

その後自身もコーチの資格を取得し子育てコーチとなる。

専門知識と経験を活かし、
障害のある子どもを持つお母さん専門の
チャイルドジニアスコーチングを作り、
個別相談とコーチングレッスンを提供。


個別相談は300件を超え、
のべ500人以上の
発達障害のお子さんを育てる
お母さんをサポートしている。

浅野美弥Facebook
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